「雇用か、福祉か~縦割り構造の解体と再構築~」:埼玉県秩父市/アメニティフォーラム29

2026年3月29日、埼玉県秩父市の豊かな自然に囲まれた「ナチュラルファームシティ農園ホテル」にて、アメニティフォーラム29の最終日を飾る熱い議論が交わされました 。テーマは「雇用か、福祉か~縦割り構造の解体と再構築~」。

このセッションでは、福祉の実践者である大原裕介氏を進行役に、厚生労働省の現役職員である池田陽平氏、そして長年労働行政の最前線に立ち、現在は当事者の親としての視点も持つ小野寺徳子氏が登壇しました 。単なる制度論に留まらない、現場の熱量と「働くことの本質」に迫った鼎談の模様をまとめます。


1. 制度の「線引き」が阻む、働く意欲

池田陽平氏は、厚生労働省に入省して20年目というキャリアを持ちつつも、自身の原点を「誰もが役割を持てる地域共生社会を作りたい」という青臭いまでの情熱にあると語ります

制度の狭間にある現実

池田氏が紹介したALS患者の事例は、現在の縦割り構造の弊害を象徴するものでした。アニメ制作会社のプロデューサーだったその方は、発症後も足の指でPCを操作し仕事を続けていましたが、勤務中だけは「重度訪問介護」の支援が使えないという壁に突き当たったのです

  • 「経済活動に係る外出には福祉サービスは使えない」という旧来の考え方が、働きたいという意志を阻んでいる現状 。
  • 重度障害者が働きながら支援を受けられる仕組みは作られたものの、自治体の導入率はまだ**約6%**に留まっているという悔しさ 。

「グレーゾーン」と支援の分散

さらに問題なのは、障害者手帳の基準には満たないものの、生きづらさを抱える「グレーゾーン」の方々への支援です

  • 発達障害、難病、境界知能など、状態は連続的であるにもかかわらず、制度が線を引くことで支援に差が生まれています 。
  • 福祉側の「就労準備支援」と雇用側の「地域若者サポートステーション」が別々に存在し、ノウハウが分散している非効率性が指摘されました 。

2. 企業の「不安」を解消する新たな枠組み

小野寺徳子氏は、労働局長などの要職を歴任した行政官としての視点と、知的発達障害を持つ31歳の息子の親としての視点を交え、具体的な解決策を提示しました

「障害者雇用相談援助事業」の創設

企業が障害者雇用に二の足を踏む最大の要因は「ノウハウがないことへの不安」です。これを解消するために創設されたのが、令和4年の法改正による助成金制度です

  • 民間のノウハウ活用: すでに雇用実績のある企業や特例子会社、コンサルティング法人を「認定事業所」として労働局長が認定します 。
  • 2年間の伴走支援: 雇用を検討している企業に対し、認定事業所が2年間無料で、仕事の選定から採用、定着までを寄り添って支援します 。

福祉が提供する「心のよりどころ」

小野寺氏は、企業にとって福祉側の人材は「お守り」のような存在になり得ると語ります

  • ハローワークなどの公的機関だけでは手が届かない、きめ細かな定着支援 。
  • 「何かあったときに相談できる」という安心感を企業に提供することで、福祉と雇用の連携が実効性を持つようになります 。

3. 「はたらく」の再定義:生産性を超えた価値

進行の大原氏は、自身が運営する社会福祉法人ゆうゆうでの実践を通じ、障害のある方が職場にいることの「定量化できない価値」について問いを投げかけました

「はた」を「らく」にするということ

小野寺氏は、働くという言葉をあえてひらがなで表現し、**「はたらく=傍(はた)を楽にする」**という考え方を示しました

  • 誰かに必要とされ、役に立っているという実感が、障害の有無に関わらず人生の幸せに繋がります 。
  • 特性のある人が入ることで、職場での指示の出し方や業務フローが見直され、結果として全員の働きやすさ(労働生産性)が向上する事例が数多く報告されています 。

挨拶と場を創る「戦略化」

大原氏は、大学のゴミ拾いの仕事に従事する知的障害の男性の事例を挙げました

  • 彼が元気に挨拶をして回ることで、それまで事務的に働いていた教職員たちの顔が綻び、学内の挨拶が増えたといいます 。
  • 池田氏は、こうした「場を明るくする」などの定性的な効果も、今の時代なら「健康経営」や「組織戦略」の一部として言語化し、戦略的に評価すべきだと述べました 。

4. 結び:人に制度を合わせる未来へ

鼎談の締めくくりとして、三者は「制度に人を合わせるのではなく、人に制度を合わせる」というビジョンを共有しました。

  • 池田氏: 「制度の縦割りを超えることは難しいが、現場で起きている事実に仮説をぶつけ、皆さんと共により良い実践を積み重ねたい」 。
  • 小野寺氏: 「雇用率という数字に縛られるのではなく、一人ひとりの困難性に向き合い、福祉のマインドを活かした横断的な活躍の場を作っていきたい」 。
  • 大原氏: 福祉側も企業に対し「自分たちのノウハウ」をしっかりと売り込み、対等なパートナーとして地域課題の解決に挑む姿勢の重要性を強調しました 。

秩父の地で語られたのは、単なる制度の「解体」ではなく、人間の尊厳を中心においた温かな「再構築」の物語でした。