ほりさきマルシェが開催:さいたまユースサポートネット
こどもたちの支援へ!先駆的な活動を行う認定NPO法人さいたまユースサポートネット
今日は、さいたま市見沼区でほりさきマルシェが開催されました。会場は認定NPO法人さいたまユースサポートネットの本部です。

見沼区各所の障害者支援団体、また子どもの生きづらさを支援する団体が任意でブースを設置して、お絵描き教室、綿菓子やドリンクの販売、授産品等の販売、その他様々な販売を行いながら地域と交流を深めていました。
当団体の金子訓隆代表理事も本日のマルシェに駆けつけ短時間ですがお手伝いをさせていただきました。
認定NPO法人さいたまユースサポートネットの青砥理事長は、日本全国でもこどもの支援に対しては先駆的な存在であり、同じさいたま市見沼区内で活動をできる事はとても光栄です。

当団体も活動を始めた当初、さいたまユースサポートネットの支援内容についてはとても感銘を受けており、いつかはこの団体と一緒に活動していきたいという思いがありました。

さいたまユースサポートネットがテーマとする堀崎プロジェクトは、この支援をさいたま市だけではなく、日本全国に展開をしていこうと様々な活動を行っています。

青砥理事長もご高齢になる立場の中、懸命に支援活動をされておりました。スタッフも一丸となってマルシェを支えていました。

あいにくステージは拝見することができませんでしたが、青砥代表理事とお話しする機会もいただきました。私たち輝HIKARIも子ども支援する施設を運営しています。その子どもたちとともに、同じ地域で団体交流を深めていきたいと申し上げたところ、ぜひ一緒に活動して参りましょう!と言うお声をいただきました。
現在、認定NPO法人さいたまユースサポートネットは、不登校児やひきこもりなど、ご家庭やご本人に生きづらさを抱える子どもたちがたくさん存在し、それを民間レベルからサポートしています。

ただ、その子どもの中には、発達に課題を抱える児童も多数います。そこがなかなか福祉とつながっていかない。
その面で、私たち輝HIKARIの施設は支えられるかもしれません。
先日、ムスビテラス東大宮の方々と連携した通り、今後は見沼区地域で様々な団体と連携し、私たちの得意分野である障害児支援を少しでも多く活用していっていただければと思っております。
堀崎プロジェクトについて
地域の自治会、社会福祉協議会、民生委員(児童委員)など住民の自治組織、企業、NPOなど民間団体との協働で「堀崎プロジェクト」と名付けた活動をはじめました。日本ではまだほかに例を見ない取り組みです。生きづらさを抱えた子どもや若者、外国にルーツを持つ子どもや若者、さらに地域の全ての子どもたちに対して、学習、文化・芸術、スポーツ、旅行、仲間づくりなどのさまざまな体験の支援を行っています。地域の「支え合い」の担い手となるのは団体スタッフだけでなく、地域のみなさん。持続的な活動にするために、全ての活動をコミュニティの共有財「ローカル・コモンズ」にしたいと考えています。
以下に認定NPO法人さいたまユースサポートネットについて調査、深掘りした資料を掲載します。
【音声解説】さいたまユースサポートネット: 地域と未来を育む・若者支援の包括的アプローチ
認定NPO法人さいたまユースサポートネットの社会的孤立・貧困への取り組み
団体の活動内容と支援対象
認定NPO法人さいたまユースサポートネット(本部:埼玉県さいたま市)は、「一人の子どもや若者も取り残さない社会」を目指し、様々な困難を抱える子ども・若者の居場所づくりと自立支援に取り組んでいます。支援対象は、不登校・高校中退・ひきこもり経験者、発達障がいや知的障がい等で生きづらさを感じる若者、家庭の問題(貧困や虐待など)に起因して社会的に孤立・排除され自己肯定感を失っている子ども・若者など多岐にわたります。これらの若者に「地域の居場所」という安心できる環境を提供し、自立に向けた多様な道筋を模索するとともに、地域コミュニティの力も活かした支援モデルの構築を目標としています。具体的な主要事業は以下のとおりです。
- 学び直し・居場所づくり事業(たまり場): 2011年の設立当初から続く中核事業で、不登校や高校中退を経験し孤立・貧困下にある若者に対し、無料で勉強できる学び直しの場と世代を超えた交流の場を提供しています。大学生ボランティアを中心に、勉強を教えたり遊びや会話を通じて寄り添い、安心できる「居場所」を形成することで、孤立からの回復と学び直しを支援しています。例えば、開設当初に参加したのは10代後半でホームレス生活を送っていた通信制高校生で、「本当にタダで勉強を教えてくれるのか」と尋ねてきた彼が学び場第1号となりました。以来、父親の自死や親からの虐待で施設暮らしとなった若者、両親の離婚後に祖母と自らのアルバイトで生計を支える10代の若者など、様々な事情で教育機会を断たれた約2,000人もの若者がこの「たまり場」を訪れ、多くが同団体の就労支援を通じて自立への一歩を踏み出しています。活動には学生だけでなく70代の地域ボランティアも参加し、小学生と鬼ごっこをしたり、50代の社会人が若者と本気で将棋を指すなど、世代間交流を通じた温かなコミュニティが生まれている点も特徴です。
- 子どもへの学習支援事業: 埼玉県・さいたま市など自治体から委託を受け、経済的困難を背景に十分な教育支援を得られない子どもたちを対象に無料の学習教室を運営しています。大学生ボランティアが子どもたちに勉強を教えたり遊び相手となったりする中で、「安心して過ごせる居場所」を作り、貧困に由来する様々な困難を抱える子ども達の学びと心を支えています。学習教室ごとに常駐の「教室長」(スタッフ)がおり、全ての子が安心できる環境づくりと学習面のサポート、さらには保護者からの相談対応も行います。多様な学生・社会人ボランティア(アニメやゲーム、スポーツ好きな学生、勉強が得意な大学生、社会人など)が関わることで、子ども達が様々な大人と触れ合って視野を広げ、将来のイメージを描けるようになることも狙いです。こうした取り組みを通じて、子ども自身が将来を主体的にデザインできる力を育むことを目指しています。
- 子どもの居場所事業(子ども第三の居場所「あそぼっくす」): 核家族化や共働き・ひとり親家庭の増加で子どもを取り巻く環境が希薄になる中、地域が子どもを見守り育てる拠点として放課後の居場所を提供しています。2021年にさいたま市見沼区で開所した「あそぼっくすみぬま」は、近隣3小学校の子どもたちを対象に、遊び・学び・生活を支える場として機能し、子ども達の自立する力を育むことを目的としています。家庭や地域の人々との連携を大切にし、子ども・家庭・地域の明るい未来につながる拠点づくりにスタッフ一同努めています。例えば2024年4月からは、さいたま市の生活困窮家庭の小学生を対象とした学習支援業務も受託し、同拠点で運営を開始しています。このように、地域ぐるみで子どもを支える「第三の居場所」を整備することで、家庭や学校以外にも安心できる場と大人の目が行き届く環境を提供しています。
- 若者自立支援ルーム事業: 社会的ひきこもりや対人不安など「生きづらさ」を抱え社会から孤立しがちな若者に対し、安心して過ごせる居場所と専門的な個別相談による自立支援を行っています。2013年にさいたま市桜木町で第1号の「若者自立支援ルーム(桜木ルーム)」を開設して以来、2021年には南浦和にも2箇所目を開設し、いずれもさいたま市から運営委託を受けています。対象は義務教育終了後から39歳までのさいたま市在住の子ども・若者で、スタッフには公認心理師、臨床心理士、社会福祉士、精神保健福祉士、スクールソーシャルワーカー等の福祉・カウンセリングの専門職や、就労支援・家族支援の専門家、教員経験者などが配置されています。広い年齢層(15歳~39歳)が利用しており、家族や他者との関係性、自尊感情、将来展望への不安やストレスを抱える若者たちが通っています。スタッフは利用者一人ひとりの悩みに寄り添い、支援方法についてチームで協議し、必要に応じて保護者面談や関係機関とのケース会議も行うなど、専門的かつ包括的な伴走支援を提供しています。また、居場所としての日常的な交流プログラム(スポーツやゲーム等)にも力を入れており、「遊びも本気」でスタッフと利用者が関われるような環境づくりを心掛けています。こうした体験を通じて社会参加への一歩を促し、本人の意欲や自信を育むことが狙いです。
- 就労支援事業(はたチカ応援プログラム): 2021年開始の比較的新しい事業で、「働きたくても働けない」若者を対象に、就労への第一歩を支援するプログラムです。長期のひきこもりで何から始めて良いか分からない人、高校・大学中退後に進路を決められない人、就職しても失敗を繰り返し長続きしない人などが主な対象で、国家資格を持つキャリアコンサルタント等のスタッフがマンツーマンの個別相談を行い、一人ひとりの状況に合わせて社会で働くための準備を一緒に進めていきます。「はたチカ」は「はたらくチカラ(働く力)」の略称であり、「やってみたら意外とできた」「思ったより楽しいと感じられた」といった小さな成功体験を積み重ねることを重視しています。無理に正社員就職にこだわるのではなく、ボランティアやインターン、趣味のサークル参加など多様な形での社会参加も含め、本人が社会と緩やかにつながる機会を作ることを目指しています。このプログラムを通じて、働くことへの不安や自己不信を和らげ、将来的な貧困への転落を防ぐセーフティネットとして機能しています。
- 地域協働・コミュニティ事業(堀崎プロジェクト 他): 2020年以降、さいたま市見沼区堀崎に活動拠点を移し、地域の企業・学校・民生委員などと協力して子ども若者を支えるモデル事業「堀崎プロジェクト」を開始しました。小学校低学年から社会人まで幅広い年代をカバーし、地域の様々なステークホルダーがネットワークを組んで困難を抱える子ども・若者を支援する「地域ぐるみの支援体制」づくりに取り組んでいます。具体的には、地域の子育て支援団体や学校と連携したイベント開催、世代間交流の場づくり(例:地域合唱団や哲学対話カフェの実施)などを通じて、地域住民が子ども・若者の問題を自分事として捉え支えるコミュニティ形成を目指しています。また、拠点施設「Commons Cafe」や「Commons Place Horisaki」の運営にも取り組み、地域住民・支援者・若者が気軽に立ち寄り交流できるオープンスペースを提供しています。コロナ禍に対応した「埼玉県バーチャルユースセンター」の開設も行い(埼玉県委託事業)、オンライン上でも若者の相談や交流の場を確保するなど、新しい手法も取り入れています。こうした多面的な活動によって、「居場所」「学び」「仕事」「地域」の各側面から若者を包括的に支える体制を作り上げている点が大きな特徴です。
以上のように、さいたまユースサポートネットは貧困や社会的孤立の原因と結果に包括的に向き合う活動を展開しています。学習支援や居場所提供によって教育機会や仲間を保障し、就労支援によって経済的自立を後押しし、地域協働によって孤立のないコミュニティづくりを進めるという、多層的アプローチが同団体の強みと言えます。
青砥恭理事長の理念・ビジョン
青砥 恭(あおと やすし)理事長は元高校教師・教育学者という経歴を持ち、「子ども・若者の貧困と格差」を教育と地域づくりの観点から研究・実践してきた人物です。大学卒業後に研究者を志す中で高校教諭となり、地域の自治会活動やボランティア活動にも関わった経験から、学校教育だけでなく地域社会全体で子どもを育て支えることの大切さを実感しました。高校教師として現場を経験した後、大学教員となっても各地で「地域と学校」をテーマに調査研究や著述を行い、高校中退や子どもの貧困問題について発信を続けてきました。こうした下地を経て、2011年に長年ボランティア活動を共にしてきた仲間たちと当NPOを立ち上げた背景には、青砥氏自身が数多く直面した困難な境遇の若者たちへの強い危機感と使命感がありました。
青砥氏は高校教諭時代、ホームレス状態の10代や親に頼れない孤立無援の若者、自殺未遂を繰り返す生徒、外国にルーツを持ち日本語ができず孤立している子など、多様な困難を抱えた若者と出会いました。その度に「この子たちはこれからどうなってしまうのだろう」という思いが募り、誰にも頼れる大人がいない彼らにとって“駆け込める居場所”が必要だと痛感したと言います。この想いこそがNPO設立の原点であり、「SOSを出せない子どもや若者たちを放置できない」という強い信念となって表れています。青砥氏は「子どもや若者の不安や孤独感を解消するためには、『地域の中に自分を認め、受け止めてくれる居場所がある』という安心感が何よりも必要です」と述べており、徹底して「居場所(=心理的安全基地)の提供」にこだわる理念を持っています。これは核家族化や地域の繋がりの希薄化が進む社会において、子どもや若者が家庭や学校以外に逃げ込めるサードプレイスを創出しようという思想に基づいています。
また青砥氏のビジョンの特徴は、支援の連続性・包括性を重視している点です。単に一時的な救済ではなく、幼少期から学齢期、就労期に至るまで切れ目のない支援を用意し、どの段階にいる子ども・若者にも手を差し伸べられる体制づくりを提唱しています。例えば青砥氏は、貧困家庭の子ども支援において「学齢前の子には遊びと食事、小学生にはサッカー教室などの体験、中学生以降には学び直しや仲間づくり、そして就労支援と、年齢ごとにきめ細かな対応が必要だ」と述べています。同時に「就労支援だけでは不十分で、仲間づくりの居場所づくりが必要だ」と強調し、経済的自立支援と社会的居場所の両輪で若者を支える必要性を訴えています。この理念のもと、さいたまユースサポートネットでは子どもの遊び・学習支援から若者の居場所・就労支援まで一貫した支援ネットワークをさいたま市内で実践しており、これは青砥氏が描く「誰一人取り残さない」支援モデルの具体化と言えます。
青砥氏はさらに、地域コミュニティとの協働による支援というビジョンを掲げています。単独のNPOや行政だけでなく、地域の学校・企業・住民が連帯して子どもを支える社会を構築することが不可欠だと考えています。2022年にSDGsジャパンスカラシップ岩佐賞を受賞した際のコメントでも「今後も地域との協働を大切に、活動を続けていきたい」と述べ、地域協働が同団体の基本方針であることを強調しています。実際、前述の堀崎プロジェクトに見られるように、地域の多様な主体が関わる「コモンズ(公共財)的な場づくり」を推進しており、青砥氏自身も『貧困・孤立からコモンズへ』と題した書籍を編纂(2024年)するなど、「孤立から共同へ」という思想を発信しています。青砥氏の言う「コモンズ」とは、子どもや若者が孤立せず包摂される地域の共助インフラ**とも言えるものであり、それを社会に広げていくことがビジョンの根幹にあります。
さらに青砥氏は、現在の教育や社会の在り方にも問題意識を持っています。彼は「今の教育の現状は、自由主義(リベラリズム)のなれの果てではないか。教育の市場化が進み、教育の質が金の多寡で取引されている」と指摘しており、貧富の差によって教育や将来機会が不平等になる現状に警鐘を鳴らしています。このような構造的な格差への批判は、個人や家庭の問題として貧困・ひきこもりを捉えるのではなく、社会全体で是正すべき課題として捉える青砥氏の姿勢を表しています。そしてその解決策として、政策提言や制度設計にも目を向けながら、地域現場から声を上げていく重要性を説いています。青砥氏はインタビューの中で「自治体、学校、児童施設などの連携などで、町づくりまでを考えたい」と語っており、現場の実践だけでなく行政や教育機関との連携を通じて町ぐるみ・社会ぐるみの包摂モデルを追求するビジョンを示しています。
総じて、青砥理事長の理念は「子ども・若者の貧困と孤立を社会の側から包摂し解決する」ことにあります。そのために居場所の提供、切れ目ない包括支援、地域コミュニティの活用、政策への働きかけという複数の戦略を統合的に展開している点に特徴があります。こうした理念に基づき、青砥氏は自ら現場に立ちながら講演や執筆を通じて社会にもメッセージを発し、問題解決に奔走しています。
活動の社会的影響と政策連携・提言実績
さいたまユースサポートネットの取り組みは約12年にわたり継続され、その成果と影響は着実に広がっています。まず現場支援の直接的な効果としては、「たまり場」をはじめ各事業を通じて多くの若者が自立への道を歩み始めていることが挙げられます。前述の通り、たまり場には累計約2,000人の若者が参加し、多くが就労支援などを経て社会に巣立っていきました。高校中退後に孤立していた若者が大検取得や就職を果たしたり、ひきこもり傾向にあった人がボランティア参加を経て再び学校に通い始めるなど、当事者の人生の再生に直結する成果が数多く生み出されています。また、学習支援教室では貧困家庭の子ども達が「勉強を好きになった」「大人に褒められて自信がついた」等の変化が報告されており、進学・進級率の向上や不登校児童の学校復帰などの具体的成果も現れています(※個別の事例は団体ニュースやブログで報告)。さらに、若者自立支援ルームを利用したひきこもり経験者からは「ここで人との関わり方を取り戻せた」「スタッフに話を聞いてもらい将来の目標ができた」等の声が寄せられ、心理的な回復・自己肯定感の向上といった効果も確認されています。
このような成果が評価され、同団体の手法は全国的にもモデルケースとして注目されています。2014年にはNHK Eテレのドキュメンタリー番組「ETV特集『本当は学びたい』」で「たまり場」における世代間交流と学び直しの様子が紹介され、全国の視聴者に大きな反響を呼びました。この番組を契機に各地の支援者から問い合わせが寄せられ、同様の居場所事業を立ち上げる動きが広がるなど、さいたま発の支援モデルが各地へ波及しています。実際、青砥氏自身「さいたまユース設立以降、全国に子ども支援の団体が相次いで誕生している」と述べており、学び直し・居場所づくり・就労支援といった活動の種が全国で芽吹いている状況です。2016年には青砥氏が**「全国子どもの貧困・教育支援団体協議会」の代表幹事に就任し、各地の団体を束ねて情報共有や政策提言を行う全国ネットワークが構築されました。これにより、地域発の知見が集約され、政府・自治体への働きかけもより組織的に行えるようになっています。
政策的な連携という点では、さいたまユースサポートネットは設立当初から行政との協働実績が豊富です。そもそも同団体設立の契機の一つに、埼玉県からの「子どもの貧困対策」相談があったことが青砥氏により明かされています。埼玉県では2010年、全国に先駆けて生活困窮家庭の子どもを対象とした学習支援事業(高校進学支援)を開始しましたが、この事業の企画立案・スタッフ集めに青砥氏が協力し、初期段階から深く関与しました。当時、生活保護世帯の高校進学率が80%台であったため高校進学保障が目的となりましたが、こうした行政施策に民間の知見を活かした形です。2011年にNPO法人格を取得し団体を設立した後は、さいたま市との協働が本格化します。2012年にはさいたま市浦和区に本部を設置し、市から委託を受けて「生活保護世帯学習支援事業(生活困窮家庭の子どもへの学習支援)」を開始しました。翌2013年には、さいたま市の委託事業として「若者自立支援ルーム事業」および「若年者職業的自立支援事業」を受託し、さらに国(厚生労働省)から委託を受けて「地域若者サポートステーション事業(厚労省の就労支援拠点)」も開始しています。以降も行政との協働関係は拡大し、2020年時点では複数の自治体から事業委託を受けるまでになっています。例えば、川越市の学習支援事業、さいたま市の若者自立支援ルーム南浦和、上尾市の子ども・若者自立支援事業「ルームここから」、さらにはさいたま市の生活困窮者(小学生)学習支援事業など、多岐にわたる事業を自治体と協働で運営しています。このように、同団体は行政の施策実施パートナーとして重要な役割を担い、公的支援の現場受け皿となっています。
行政連携だけでなく、政策提言や啓発活動の実績も見逃せません。青砥氏自身が研究者・著述者でもある強みを活かし、著書や論考を通じて子どもの貧困や教育格差の問題提起を行ってきました(著書例:『ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所』、『若者の貧困・居場所・セカンドチャンス』等)。また各種メディアでの発信や講演活動も活発で、直近では2023年3月、参議院自民党の勉強会「不安に寄り添う政治のあり方勉強会」に招かれ、「生活困窮世帯の高校教育の課題」について講演を行いました。この勉強会は超党派の議員が集まり社会課題を学ぶ場であり、青砥氏の提言が国の教育政策や子ども家庭支援策に反映されることも期待されます。さらに、全国子どもの貧困・教育支援団体協議会では、各地の実践現場の声を集約して政府への政策提言を行っています(例:子ども食堂の支援拡充、学習支援事業の財政措置拡大など、協議会として意見書提出や関係省庁との意見交換を実施)。青砥氏率いる同協議会は、単に提言をするだけでなく政策が実行に移されるまで伴走することを使命として掲げており、行政との協働モデルを全国に広げる役割も果たしています。こうしたネットワーク型の提言活動により、2010年代以降全国各地の自治体で子どもの貧困対策事業(学習支援、子ども食堂、スクールソーシャルワーカー配置等)が制度化・拡充されてきた背景には、青砥氏らの継続的な働きかけが大きく貢献していると考えられます。
最後に、社会的影響として市民意識や文化への波及も挙げられます。さいたまユースの活動を通じて、多くの学生や社会人ボランティアが子ども・若者支援に参加するようになり、「困っている若者を地域で支える」文化が少しずつ根付いてきています。地域住民が学習支援ボランティアや寄付者として関与し、「自分たちの町の若者は自分たちで応援しよう」という意識改革が進んでいる点は、社会的インパクトとして重要です。同団体の季刊誌『つながる』やイベントを通じて支援者の輪が広がり、市民と当事者を繋ぐプラットフォーム(公共圏)の形成につながっています。例えば、堀崎プロジェクトで開催された地域の合唱団イベントや哲学対話カフェには老若男女が集い、世代と立場を超えて交流する中で「地域の大人が子ども達を見守るネットワーク」が醸成されています。核家族化が進み孤立しがちな子育て・若者育成を、地域コミュニティが補完するという新たな共助モデルが生まれつつあるのです。
以上のように、認定NPO法人さいたまユースサポートネットの活動は、個々の子ども・若者への直接支援から始まり、地域社会の変革や政策への影響にまで及ぶ広範な社会的インパクトを生み出しています。「貧困の多くは孤立も伴う」と言われますが、同団体は孤立そのものに働きかけることで貧困の連鎖を断ち切ろうとしており、その取り組みは行政・市民・学術を巻き込みながら着実に成果を上げています。青砥理事長の下、現場発の知見とネットワークを武器に、これからも社会への提言と実践を両立させながら「一人の子どもや若者も取り残さない社会」の実現に向けた歩みを進めていくことでしょう。
参考文献・情報源: さいたまユースサポートネット公式サイト、青砥恭氏インタビュー・講演記録、朝日新聞SDGsアクション記事等。これら信頼できる情報源をもとに作成しました。