[セミナー]障害者就労の最前線:制度の舞台裏と未来への展望
障害者就労の「今」と未来:制度・技術・共生が生み出す新たな可能性
- はじめに:セミナーの背景と開催の意義
2026年2月14日、日本の障害者就労におけるオンラインセミナーが開催されました。登壇したのは、前参議院議員として長年立法の中枢にいた山本博司氏、厚生労働省で障害者雇用対策課長や福岡労働局長を歴任した小野寺徳子氏、そして親の立場から支援をする団体として、現場の支援を牽引する特定非営利活動法人輝HIKARIの金子訓隆氏です。
参考ホームページ: 国を動かしてきたプロに聞く障害者就労の「今」|ぜんち共済株式会社
本セミナーの戦略的な価値は、登壇した三者が「立法・行政・民間」の第一人者であると同時に、全員が「障害児を育てる親」という当事者性を共有している点にあります。専門的知見と切実な親心が交差する議論は、机上の空論ではない、血の通った制度設計と実践の重要性を浮き彫りにしました。
これまでの障害者就労は、社会の側が「保護」し、福祉の枠組みに個人を当てはめるモデルが主流でした。しかし、本セミナーで提示されたのは、障害を社会の側の「障壁(バリア)」と捉え、制度と技術によってその壁を無効化するパラダイムシフトです。1,200名を超える参加者と100件近い切実な質問が寄せられた事実は、制度の「今」を正しく理解し、未来への希望を求めている当事者や家族がいかに多いかを物語っています。本レポートでは、この三者の対話から導き出された、障害者就労の新たなロードマップを専門的視点から解説します。
- 立法的視点から見た障害福祉の変遷:山本博司氏の提言
前参議院議員として18年間の議員活動を通じ、30本以上の法律に関わった山本博司氏の足跡は、日本の障害福祉が「生存のための支援」から「個人の可能性を最大化する社会設計」へと進化した軌跡そのものです。
予算規模の拡大が示す国家戦略の転換
2006年の「障害者自立支援法」施行当時、障害福祉予算は約5,400億円でした。それが現在では約4.2兆円と、8倍近い規模にまで拡大しています。この劇的な予算増は、単なる社会保障費の膨張ではありません。障害者を社会から隔離するのではなく、地域で共に暮らし、働くためのインフラを整備するという明確な国家戦略の表れです。
「慈善」から「市場価値」への脱却
山本氏が主導した「障害者優先調達推進法」や「障害者文化芸術推進法」は、福祉に経済の視点を取り込んだ画期的なものです。
- 障害者優先調達推進法: 国や自治体が優先的に障害者就労施設から物品・サービスを調達することを義務付け、工賃向上のための安定した市場を創出しました。
- 文化芸術による経済的自立: 表現活動を単なる余暇活動に留めず、経済活動へと昇華させる「障害者文化芸術推進法」の意義は極めて大きいと言えます。例えば、障害者アーティストがグローバル企業(ディズニー等)と契約を締結し、年収400万円を超える収入を得る事例も生まれています。これは「可哀想だから買う」という慈善の論理から、「価値があるから投資する」という市場の論理への転換を象徴しています。
- 地域経済を支える農福連携: 担い手不足に悩む農業と、働く場を求める障害者をマッチングさせる「農福アワード」等の取り組みは、障害者が「支えられる側」から「地域を支える側」へと役割を変えた実例です。
法制度という「ハード」の整備は着実に進みました。今問われているのは、このハードをいかに技術という「ソフト」で運用し、一人ひとりの能力を具体的な「所得」や「生きがい」に変換できるかという点です。
- ICTとデジタル化が変える「働く」の形:工賃向上への挑戦
就労継続支援B型における「低工賃問題(月額平均約2万円)」は、長年の構造的課題でした。この壁を打破する鍵として、セミナーではICT活用による「高付加価値化」が強力に提唱されました。
国立国会図書館の蔵書DX化のインパクト
「手作業中心の福祉」をビジネスへと変容させる象徴的な事例が、自治体業務のデジタル化を推進する「日本財団が提唱する国立国会図書館の蔵書DX化」です。 このプロジェクトでは、セルプセンターが中間組織として窓口となり、自治体が抱える膨大な公文書のスキャニングやデータ入力業務を一括受託します。これを複数の障害者就労施設に分担して発注する仕組みです。このDX化の推進により、従来は月額2万円程度だったB型の工賃が、7万円から9万円へと飛躍的に向上した事例が報告されています。これは、デジタル技術が障害特性(集中力や緻密さ)を「武器」に変え、市場競争力のある労働価値を生み出している証左です。
身体的・知的障壁を補完するテクノロジー
技術活用は、重度障害者の社会参画の可能性も劇的に広げています。
- 重度視覚障害者の活躍: 読み上げソフトや点字ディスプレイ等のICT環境を整えることで、視覚障害者がIT企業のトップフェロー(IBMの浅川智恵子氏の事例など)として世界的に活躍する道が拓かれました。
- ひきこもり・在宅就労への光: アウトリーチ(訪問支援)とオンライン就労を組み合わせることで、外出が困難な層にも「社会と繋がる」機会を提供できます。
ICTはもはや補助ツールではなく、労働の定義そのものを再定義し、障害の有無を問わない「障壁のない労働市場」を構築するための必須基盤となっているのです。
- 労働行政の現場から:一般就労の現状と企業の課題
元福岡労働局長の小野寺徳子氏は、労働行政の最前線にいた経験から、企業雇用における「合理的配慮」の質の変化と、企業側の意識改革の重要性を強調しました。
法定雇用率2.7%への段階的引き上げと「戦力」化
法定雇用率は現在2.5%ですが、2026年には2.7%へと段階的に引き上げられます。企業にとってこの数字は「コンプライアンス上の義務」から「人材確保の経営戦略」へと意味を変えています。
- 精神障害者雇用の急増: 現在、ハローワークを通じた障害者雇用の半数以上を精神障害者が占めています。これに対し企業は、単に「席を用意する」だけでなく、個々のメンタル特性に応じた柔軟な働き方や職場定着支援を構築せざるを得ない状況にあります。
- 「戦力」として捉えるマネジメント: 小野寺氏は、障害者を「守るべき対象」ではなく、共に利益を追求する「戦力」と捉え直すことを企業に求めています。そのためには、ハローワークや地域障害者職業センターといった専門機関を「外付けの人事部」として活用し、科学的なマッチングとコミュニケーションの質を向上させることが不可欠です。
- パネルディスカッション:当事者の親として、支援のプロとして
第3部のパネルディスカッションでは、金子訓隆氏のコーディネートにより、制度の隙間に落ちがちな課題に対する具体的な処方箋が議論されました。
Q1. 教育・福祉・労働の断絶をどう埋めるか?
最大の課題は、特別支援学校(教育)、福祉施設(福祉)、一般企業(労働)の連携不足です。これに対し山本氏が進める「トライアングルプロジェクト」の重要性が確認されました。幼少期からの個別の特性や支援内容を記録した情報を、就労段階までシームレスに引き継ぐ「切れ目ない支援体制」こそが、本人の混乱を防ぎ、ミスマッチを解消する鍵となります。
Q2. 視覚障害やひきこもり等、多様なニーズへの対応は?
ICT活用による「在宅就労」の選択肢を増やすとともに、潜在的な就労困難層に対するアウトリーチを強化する必要があります。特に視覚障害者のITスキル習得支援や、環境整備(アクセシビリティ)の普及は、行政と民間が連携して取り組むべき喫緊の課題です。
Q3. 福祉から一般就労への移行をどうスムーズにするか?
客観的な「就労アセスメント(能力評価)」の導入が提言されました。本人の強みと、企業が求める職務を客観的にマッチングさせ、必要に応じて「就労移行支援」や「ジョブコーチ」を配置する。この丁寧なプロセスが、本人と企業の双方に幸福な雇用をもたらします。
- 結びに代えて:輝HIKARIが目指す「共に働く社会」の展望
本セミナーを通じて得られた結論は明確です。「働くこと」は単なる所得の確保ではなく、社会の中での役割を持ち、自らの存在を認められるWell-being(幸福)の源泉であるということです。
今後の障害者就労があるべき姿は、以下の三点に集約されます。
- パーソナライズされた支援の徹底: 「障害者」という一括りの言葉ではなく、一人ひとりの強みと特性に最適化された支援(個別化)への完全移行。
- テクノロジーによる労働価値の再定義: ICTやAIを駆使し、身体的・知的制限を労働の障壁にしないインフラの構築。
- 「戦力」としての共生社会: 障害者を「支援の対象」ではなく、少子高齢化社会における貴重な「パートナー」として迎え入れる意識のアップデート。
特定非営利活動法人輝HIKARIは、今回のセミナーで示された立法・行政の知見を現場の実践に反映させ、障害の有無にかかわらず、誰もが自らの強みを活かして誇りを持って働ける社会の実現に向けて邁進してまいります。
障害福祉の未来は、私たちの視点の変化と一歩踏み出す勇気の先にあります。今日提示された可能性が、多くの当事者、ご家族、そして企業の皆さまにとっての希望の灯火となることを確信しています。








