第58回年末特別例会『障害者に就労と学びの機会を!』研究会に参加(1) 市川亨氏講演要約:神戸市

12月3日、 障害のある人々がその権利を尊重され、持てる能力を発揮して、ともに参加できる社会の実現を呼びかける日でとして、1992年の国連総会で制定された国際障害者デーです。
この日に神戸市で開催された「第58回年末特別例会『障害者に就労と学びの機会を!』研究会」における、岡本代表の開会挨拶およびシンポジウムの導入を要約します。


【要約】第58回年末特別例会 挨拶およびシンポジウム導入

岡本代表は冒頭、定員を大幅に超える約130名の応募と、13年にわたり活動を支えてきた参加者への感謝を述べました。会名の感嘆符は「本気で取り組む」という決意の表れであると強調。近年の障害者雇用の拡大を認めつつも、障害者がビジネスの対象として扱われていないかという懸念を示し、本会では単なる現状批判にとどまらず、障害者が当たり前に働き暮らせる「共生社会」の未来を見据えた議論を行いたいと意欲を語りました。

続くシンポジウムでは、行政・労働行政・報道の異なる視点を持つ3名のパネリストが紹介されました。

  • 片岡聡一氏(岡山県総社市長):障害者1,500人の雇用実績を持つ。
  • 小野寺徳子氏(元厚生労働省障害者雇用対策課長):労働行政の現場を熟知。
  • 市川亨氏(共同通信社 編集委員):日本医学ジャーナリスト協会賞受賞。

それぞれの立場から構造的な課題を浮き彫りにし、制度解説を超えた解決への道筋を探ることを目的としています。

始めに、共同通信社編集委員・市川亨氏の講演内容を要約しました。


講演要約:障害者雇用の現状と課題 ~代行ビジネス・悪質事業者の実態と今後の展望~

講演者:市川 亨 氏(共同通信社 編集委員/日本医学ジャーナリスト協会賞受賞)

1. はじめに:取材の背景とスタンス

私は普段、共同通信社にて「ニュースの卸問屋」として全国のメディアに記事を配信しています。私自身、ダウン症のある23歳の息子を持ち、彼は現在特例子会社で働いています。医学ジャーナリスト協会賞をいただきましたが、主たる取材フィールドは「障害者福祉・雇用」です。本日は、近年急拡大する「障害者雇用代行ビジネス」の実態や、就労継続支援事業所における制度悪用の問題、そして国の対応について、取材知見をもとにお話しします。

2. 拡大する「障害者雇用代行ビジネス(農園型)」の実態

2年前に私が記事にした「障害者雇用代行ビジネス」は、現在も拡大を続けています。このビジネスモデルの典型は「農園型」です。

  • 仕組み: ビジネス事業者が農園を運営・管理し、そこで働く障害者と、サポートする農場長を用意します。雇用主となる一般企業(利用企業)は、自社で働く場所を用意するのではなく、この農園の利用料と紹介料を払い、ビジネス事業者が「あてがった」障害者を自社の社員として雇用します。障害者は企業の意向ではなく、ビジネス事業者の割り当てによって雇用先が決まります。
  • コスト構造: 利用企業は、紹介料として1人あたり40-80万円(重度障害者のダブルカウント等の事情による)、さらに月額利用料として約20万円を支払います。年間コストは約130万円+人件費(最低賃金)です。
  • 企業のメリット: 法定雇用率未達成の場合の納付金(年60万円)よりコストはかかりますが、「採用・定着支援の手間を省き、確実に雇用率を達成できる」点が企業に支持されています。営業資料にはかつて「企業負担をほぼ削減」と謳われていました。
  • 規模: 現在、このモデルで働く障害者は1万人を超え、農園は全国150カ所以上にのぼります。最大手の「エスプールプラス」社だけでも約4,800人が就労し、事業規模はこの10年で10倍に成長しました。

【問題点】
最大の問題は「就労の実態」です。作られた野菜は市場には流通せず、企業の福利厚生として配布されるのみです。「売るための生産」ではないため、どれだけ良いものを作っても評価や賃金向上に繋がりにくく、職業能力の向上が見込めません。また、労働環境は一般社員と切り離され、実質労働時間が極端に短い(休憩が多い)、就労者同士の連絡先交換が禁止されるなど、管理優先・トラブル回避優先の運営が目立ちます。外部調査では、当事者が「社員としての実感を持てていない」という結果も出ています。

3. 国の対応と新たなガイドライン

こうした報道や当事者団体からの批判を受け、国も動き出しました。

  • 法改正: 障害者雇用促進法が改正され、事業主の責務に「職業能力の開発・向上」が明記されました。
  • 国会の付帯決議: 代行ビジネスの安易な利用を戒める決議がなされ、企業向けのリーフレット作成や助成金の拡充が行われました。
  • 今後の規制(ガイドライン): 厚生労働省の研究会等を経て、新たなガイドラインの策定が進んでいます。「農場長に有資格者を配置すること」「成果物を企業の事業活動に実際に活用すること」「企業自身が雇用管理に関与すること」などが求められる見込みです。また、障害者雇用の報告時(ロクイチ報告)に、代行ビジネスの利用有無を報告させる仕組みも検討されています。ただし、これらが完全に施行・定着するには数年を要すると考えられます。

4. 就労継続支援A型の事例「絆ホールディングス」

就労継続支援A型事業所においても、制度の抜け穴を突いた悪質な事例が発覚しました。大阪の「絆ホールディングス」の事例です。

  • 手口: A型事業所の報酬には、利用者を一般就労させ、6ヶ月定着させた場合に加算される「就労移行支援体制加算」があります。同社は「36ヶ月プロジェクト」と称し、利用者を形だけグループ会社等に一般就労させ、6ヶ月経過後に再びA型に戻すというサイクルを繰り返していました。
  • 不当な利益: 通常、利用者1人あたりの報酬は月20万円程度ですが、この手法により月300万~600万円もの報酬を得ていました。
  • 実態の欠如: 雇用された利用者の多くは在宅勤務で、実質的な業務はタイピング練習のみなど、生産活動とは程遠い状態でした。
  • 行政の縦割り弊害: 大阪市は2023年から指導を行っていましたが、大阪労働局は実態を把握できず、あろうことか同社を優良な中小企業として「もにす認定」していました。福祉と労働の行政連携の不備が露呈した形です。

5. 就労継続支援B型の課題と「悪しきB型」の拡大

就労継続支援B型でも懸念すべき傾向があります。昨今、B型の事業費総額が前年比20%増と急増しており、特に大阪市では利用者の約半数が「在宅利用」となっています。
中には、自宅で「植木鉢に水をやるだけ」「eスポーツ(ゲーム)をするだけ」で工賃が支払われるケースも散見されます。これらが真に生産活動や能力向上に寄与しているのか、単なる報酬目当ての囲い込みではないかという疑問が拭えません。

6. おわりに:本来あるべき姿へ

こうした「数合わせ」「報酬目当て」の歪んだ構造がある一方で、希望もあります。

  • IPS(Individual Placement and Support): 訓練してから就職するのではなく、まず就職してから現場で支援を行うモデル。
  • ニューロダイバーシティ: 発達障害のある人々の特性を「多様性」と捉え、ITやDX分野などでその能力を活かそうとする動き。

法制度や監視体制の強化は進んでいますが、私たち社会全体が「障害者が働くことの意味」や「質の高い雇用とは何か」を問い続け、安易なビジネスに流れない土壌を作っていく必要があります。

より理解を深めるための補足情報

■ 「もにす認定制度」とは
障害者雇用の促進・安定に関する取り組みが優良な中小事業主を、厚生労働大臣が認定する制度です。本来は優良企業の証ですが、絆ホールディングスの事例では、形式上の数字(雇用率や定着率)が悪用され、実態とかけ離れた認定が行われてしまったことが問題視されています。

■ 代行ビジネス利用の報告義務化(ロクイチ報告)
毎年6月1日時点の障害者雇用状況報告(通称ロクイチ報告)において、今後は「代行ビジネスを利用しているか」のチェック項目が設けられる予定です。これにより、企業の社会的責任(CSR)の観点から、安易な利用への抑止力が働くと期待されています。

次の報告は小野寺徳子(元厚生労働省障害者雇用対策課長:元福岡労働局長)の講演要約をいたします。