第58回年末特別例会『障害者に就労と学びの機会を!』研究会に参加(2) 小野寺徳子氏講演要約:神戸市
前回の市川氏からのシンポジウムの続きです。
12月3日、 神戸市で開催された「第58回年末特別例会『障害者に就労と学びの機会を!』研究会」における、小野寺徳子氏のシンポジウムの講演について要約します。



講演要約:すべての人が輝く「包摂的就労」と社会モデルの転換
~制度の狭間にいる人々への支援と、これからの「働く」のあり方~
講演者:小野寺 徳子 氏
(元厚生労働省 障害者雇用対策課長 / 元福岡労働局長 )
1. はじめに:実体験とキャリアの変遷
小野寺氏は冒頭、自身のキャリアと障害者雇用にかける想いの源泉について語った。
元々は心理学を専攻し、大学卒業後は療育の現場で指導員として従事。そこで出会った多動傾向のある男の子「きよちゃん」のエピソードが紹介された。公園を全力で走り回る彼のキラキラとした瞳を見て、「この輝きを失わせることなく、社会の中で輝ける場所を作りたい」と強く願ったことが、その後の活動の原点となっている。
また、自身の長男が知的障害を持っていることも明かし、公私ともに「障害者が社会で活躍できる枠組み作り」に取り組むことが自身の使命であると語った。
その後、厚生労働省に入省し、障害者雇用対策課長として令和4年の法改正や法定雇用率2.7%の設定に尽力。福岡労働局長を経て、地域作りを目指し埼玉県朝霞市長選に挑戦するも惜敗。現在はフリーランスの立場で、複数の法人顧問を務めながら、現場の実践を通じて国への政策提言を行っている。
2. 障害者雇用の変遷と課題:数合わせから「戦力化」へ
厚労省時代、小野寺氏は企業のコンプライアンス意識の高まりと共に「雇用率ビジネス」が台頭する様子を目の当たりにしてきた。数字の達成のみを追求し、雇用代行ビジネスに頼る企業の姿勢に対し、当初は「法の趣旨にそぐわない」と懸念を抱いていたという。
しかし、当時の大臣からの「ビジネスとして成立している側面を一概に否定すべきではない」という指摘や、実態把握の難しさもあり、法的規制ではなく「望むべき姿」をガイドライン等で示す方向に舵を切った経緯がある。
この経験を経て、小野寺氏が強く訴えたのは以下の点である。
- 雇用の質の追求: 単に雇用率(数)を満たすだけでなく、雇い入れた障害者が企業内で成長し、力を発揮できる「能力開発」の重要性を法改正に盛り込んだ。
- 多様な働き方の推進: 精神障害者の増加に伴い、短時間労働(週10時間~20時間未満)の実雇用率算定への組み込みなど、柔軟な働き方の枠組みを整備した。
- 戦力化へのこだわり: 障害者雇用促進法は、共生社会の実現を目指す法律である。そのためには、障害者が組織の中で「いなくてはならない存在」として認められる必要があり、そのための助成金制度(障害者雇用相談支援助成金)を新設した。
3. 福岡モデルの実践:人手不足社会への処方箋
福岡労働局長時代には、障害者雇用を「福祉的措置」ではなく「労働力確保の戦略」として捉え直す「福岡モデル」を推進した。
背景にあるのは、2040年に約1,100万人の労働力が不足するというリクルートワークス研究所の衝撃的な予測である。これまでの「企業が求める人物像に合う人を探す」やり方では、もはや経済活動は維持できない。これからは「人に合わせて企業が変わる」「人の能力を引き出すために環境を調整する」というマインドチェンジが必要不可欠であると説いた。
【障害者雇用がもたらす経営革新】
障害者雇用における「環境調整」や「個別の配慮」は、人的資本経営の入り口となる。障害特性への配慮を通じて、これまでの非効率な業務プロセスや曖昧な指示系統が見直されるからだ。
実際に中小企業が適切な伴走支援を受けて障害者雇用に取り組んだ結果、以下のような組織変容が見られたという。
- 社員の成長と意識改革
- 業務の効率化と生産性向上
- 心理的安全性の向上
- 顧客サービスの向上(クレーム減少など)
福岡モデルでは、認定を受けた支援事業者が企業に対して伴走型の支援を行い、その費用を国が助成する仕組みを構築。これにより、ノウハウのない中小企業でも質の高い障害者雇用が可能となった。
4. 新たな提言:「包摂的就労(インクルーシブ雇用)」の法制化
現在、小野寺氏が最も力を入れているのが、障害者手帳の有無にかかわらず、働きづらさを抱えるすべての人々を対象とした「包摂的就労」の推進である。
現場での経験を通じ、手帳制度の限界(グレーゾーン、ニート、ひきこもり、貧困家庭など)と、支援制度の縦割り行政の弊害を痛感してきた。日本には働きづらさを抱える人々が潜在的に多く存在するが、彼らは既存の「障害者雇用」の枠組みからはこぼれ落ちてしまう。
そこで、小野寺氏は超党派の議員連盟(包摂的就労促進議員連盟)と連携し、以下の新たな枠組みを提言している。
① 包摂的就労促進基本法(仮称)の制定
障害者手帳を持たないが困難を抱える人々を支援するための法的根拠を作る。義務化は難しくとも、社会的な評価軸(インクルーシブ雇用率など)を設け、積極的に取り組む企業が投資家や社会から評価される仕組みを目指す。
② プロセス支援と出口支援の強化
企業にとってメリットのある人材となるよう、実践的な訓練(プロセス支援)を強化する。具体的には、就労継続支援A型(実践の場)と就労移行支援(訓練機能)の良さを併せ持った、新しい福祉的就労の枠組みの必要性を訴えた。
③ 福祉制度の抜本的見直し
特に特別支援学校や福祉事業所の「送迎加算」について厳しく指摘。本来、公共交通機関を使って社会の中で移動することは自立への重要なステップであるにもかかわらず、加算目当ての過剰な送迎サービスが、かえって本人の自立や就労への移行を阻害している現状に警鐘を鳴らした。
5. 結びに:「はたをらくにする」社会へ
最後に、小野寺氏は自身の活動の軸にある「働く」ことへの定義を語った。
「働く」とは、「傍(はた)を楽(らく)にする」こと。
必ずしも企業就労である必要はない。自分の居場所で、誰かの役に立ち、必要とされ、「ありがとう」と感謝されること。それこそが人間の尊厳であり、幸せの実感につながる。
制度の枠組みを超え、一人ひとりが社会の中で役割を持ち、互いに支え合う社会。そのような「真の共生社会」の実現に向けて、現場の実践と国への提言の両輪で活動を続けていく決意が示され、講演は締めくくられた。
参考記事
「福岡モデル」についての参考ブログ

