第58回年末特別例会『障害者に就労と学びの機会を!』研究会に参加(3) 片岡聡一氏講演要約:神戸市
前々回の市川氏、全快の小野寺氏からの続きです。
なお、この勉強会の事務局には、輝HIKARIの理事の奥脇学が進行を努めています。
今回は岡山県総社市の片岡聡一市長の講演です。
輝HIKARIの金子訓隆代表理事は、総社市が進める「障がい者1500人雇用委員会」の委員でもあり、『障害者に就労と学びの機会を!』と片岡市長を繋げた立場でもあります。
2016年8月3日、に開催された、第25回目の勉強会で、片岡聡一市長は初めて講演をされました。
それから今回で4回目の登壇です。
前回は2024年7月5日
また、この講演の内容でお話しされている、今年2月に行われた埼玉朝霞市の市長選挙で応援演説に駆けつけた内容について以下の活動報告でも紹介しています。
岡山県総社市長・片岡聡一氏による講演内容の要約いたしました。

【講演要約】障害者就労と「人に優しい社会」が地域を救う
登壇者:岡山県総社市長 片岡聡一氏
於:第58回年末特別例会『障害者に就労と学びの機会を!』研究会
1. 逆風からの船出――リーマン・ショックと「1000人の雇用」
本日は、私(片岡聡一総社市長)が市長を務める岡山県総社市の取り組み、そしてこれからの日本のあり方についてお話しさせていただきます。
私が障害者雇用に本腰を入れ始めたのは、平成21年頃、リーマン・ショックの真っ只中でした。当時、総社市は人口7万人の地方都市で、有効求人倍率は0.29まで落ち込み、人口も減少の一途をたどっていました。「このままではいけない、まずは障害のある方々から雇用を生み出さなければ」と決意し、当時市内全体で180人しか働いていなかった障害者を、「1000人が働く社会にする」という目標を掲げて記者会見を開きました。
しかし、その船出は厳しいものでした。マスコミからは「健常者の仕事すらないのに、なぜ障害者なのか」と猛反発を受けました。それでも、最も困難な状況にある人々に光を当てることが、結果として地域全体の活路を開くと信じてスタートを切ったのです。
2. 政治家の矜持――小野寺元課長の挑戦に見たもの
障害者雇用を通じて、私は元厚生労働省障害者雇用対策課長の小野寺さんと出会いました。最初は「官僚特有の偉そうな人ではないか」と警戒しましたが、付き合ううちに意気投合し、彼女が埼玉県朝霞市の市長選に出ると聞いたときは応援に駆けつけました。
埼玉県朝霞市は人口14万人、都心への通勤者が多いベッドタウンです。選挙戦で彼女は、駅前に立ち、ひたすらに「障害者雇用」の重要性を訴えました。「給付金を配る」「何々を無料にする」といった耳障りの良い公約は一切言わず、ワンイシューで真正面から社会の課題を問い続けたのです。通勤客の多くが見向きもしない中、それでも信念を貫く姿を見て、私は「この国も捨てたものではない」と胸が熱くなりました。
結果として彼女は落選しましたが、私はその戦い方を誇りに思います。政治家が本来果たすべき役割は、票のために迎合することではなく、本当に困っている人のために声を上げることだからです。この経験は、私自身の政治姿勢を再確認する大きな契機となりました。
3. 総社市モデルの神髄――法定雇用率を超えた「地べた」の活動
現在、総社市における障害者の就労数は1,453人に達しました。開始当初の180人から飛躍的に増加し、そのうち一般企業への就労が991人、福祉就労が462人です。特筆すべきは、一般就労における定着率の高さと、その中身です。
大都市の皆さんにはピンとこないかもしれませんが、地方都市の企業の現実は「法定雇用率」とは無縁の世界です。総社市には約2,000社の企業がありますが、法定雇用率(2.7%)の適用を受ける規模の会社はわずか46社、納付金の対象となる企業も21社しかありません。つまり、法律上の義務や罰則によって障害者を雇用しなければならない企業はごく一部なのです。
しかし、総社市で就労している991人のうち、実に918人が、そうした「雇用の義務がない小さな会社」で働いています。これが何を意味するか。それは、制度や法律に頼った結果ではなく、市職員が「ローラー作戦」で一軒一軒企業を回り、「この人を雇ってください」と頭を下げてお願いし、履歴書を持ってマッチングを続けてきた結果なのです。
「法定雇用率だから雇う」のではなく、「地域で共に生きる仲間として雇う」。この地道なアナログな活動こそが、総社市モデルの真髄であり、地方都市が目指すべき包摂的社会の姿だと確信しています。
4. 就労支援から見えてきた「ひきこもり」の現実
一軒一軒、企業や家庭を訪問するこの「ドブ板」のような活動を続けていくと、その風景の向こう側に、新たな課題が見えてきました。それは、ひきこもり、ヤングケアラー、一人親家庭の貧困といった問題です。
多くの自治体は、自分の街にひきこもりの方が何人いるか、正確な数字を把握していません。しかし総社市では、地道な訪問活動を通じて414人のひきこもり状態にある方の存在を確認しました。そして、その一人ひとりにアプローチし、これまでに68人を社会復帰へと導くことができました。
本来、就労支援はハローワークの管轄であり、教育問題は教育委員会の管轄かもしれません。市役所がそこまでやる義務はないとスルーすることも可能です。しかし、縦割りの行政で「管轄外」として見過ごしていては、誰も救えません。リスクを取ってでも、這いつくばってでも、一人ひとりの市民を救いに行く。その「魂」を持てるかどうかが、これからの自治体の分水嶺になると思います。
5. 財政の決断――インフラ維持か、人への投資か
現在、この1,453人の就労環境を支えるために、総社市は年間約17億円の予算を投じています。国費を除いた市の純粋な持ち出しだけでも約4億2千万円です。さらに、学校現場で障害児を支える加配教員を市独自で雇用するために、2億5千万円をかけています。
これから日本中の自治体で、高度経済成長期に作られた公共施設が一斉に更新時期を迎え、そのファシリティマネジメントに莫大な費用がかかります。「インフラにお金がかかるから、福祉予算を削る」という判断をする首長も出てくるでしょう。しかし、私は削りません。コンクリートよりも、まず「人」に投資する勇気を持ち続けなければならない。それが市長としての私の決断です。
6. 「浮き足立つ」日本への警鐘と、真の成長戦略
最後に申し上げたいのは、現在の日本全体が、あまりにも「浮き足立っている」という危機感です。
増田寛也氏の「消滅可能性都市」レポート以降、全国の自治体は人口減少の恐怖に駆られ、なりふり構わぬ「人口の奪い合い」を始めています。隣の町よりオムツを安くする、医療費を無料にする、給食費をタダにする――。そうした「バラマキ合戦」で一時的に人口を奪っても、日本全体の人口が増えるわけではありません。それは単なるゼロサムゲームであり、国家としての体力を消耗させているだけです。
私はあえて言いたい。「人口は少々減ってもいい。一度立ち止まって、足元を見よう」と。
今こそ必要なのは、近隣自治体との消耗戦ではなく、もっと深く、もっと本質的な政策です。弱い立場にある人、障害のある人、困っている人に徹底的に寄り添う政策を深掘りすることです。
「きれいごと」に聞こえるかもしれませんが、事実は雄弁です。総社市は、交通の利便性が特別良いわけでも、大企業を誘致したわけでも、バラマキ政策をしたわけでもありません。しかし、障害者雇用が1,000人を超えたあたりから、人口が増加に転じました。現在も県内で唯一、人口が増え続けています。
「人に優しい社会」を作れば、人は自然と集まってくる。
誰かが困っていたら助け合う、障害があってもなくても共に働く、そんな当たり前の「優しさ」こそが、人口減少社会における最強の成長戦略であると私は信じています。
この国が浮き足立っている今だからこそ、地方から「落ち着いた政治」「人への投資」の重要性を発信し、小野寺さんや皆様と共に、誰もが生きがいを持って働ける社会を作っていきたいと思います。


