知的・発達障害児・者への歯科治療について(2)

以下のコラムに続いて、今回は日本の障害者歯科の歴史について書きます。

知的・発達障害児・者への歯科治療について(1)

「歯科医院はコンビニの数より多い」とよく言われます。実際の数字で見ると・・・ ■歯科診療所の施設数は全国で、66,384箇所(令和6年9月現在)■コンビニエンスストアの店舗…

2.障害者歯科の現在の課題
 障害者歯科が発展してきた一方で、現代では以下のような課題が浮き彫りになっています。
 1.アクセシビリティの不足:
 障害者が歯科治療を受けられる施設や専門医は、都市部に集中している傾向があります。地方では対応可能な歯科医院が少なく、移動が困難な障害者にとって治療へのアクセスが大きな障壁となっています。また、車椅子対応やコミュニケーション支援(手話や視覚支援)など、物理的・情報的なバリアフリーが不十分な施設も多いです。
 2.専門人材の不足:
 障害者歯科には、障害の種類(身体障害、知的障害、精神障害など)に応じた専門知識や技術が求められます。しかし、こうした教育を受けた歯科医師や歯科衛生士はまだ不足しており、一般の歯科医師が対応せざるを得ないケースも多いです。特に全身麻酔下での治療が必要な重度障害者への対応は、専門性の高い医療従事者と設備が不可欠ですが、その供給が追いついていません。
 3.意識と理解の欠如:
 障害者本人や家族、さらには医療従事者の中にも、口腔保健の重要性に対する認識が不足している場合があります。例えば、知的障害者や認知症患者では、歯磨きなどのセルフケアが難しい一方で、家族がその必要性を軽視してしまうケースが見られます。また、一般の歯科医師が障害者対応に慣れていないため、治療を敬遠する傾向も課題として挙げられます。
 4.費用と制度の限界:
 障害者歯科治療は時間と手間がかかるため、一般的な保険診療では賄いきれないコストが発生します。公的支援はあるものの、全身麻酔や入院を伴う治療には高額な自己負担が生じる場合があり、経済的理由で治療を断念するケースも存在します。
 5.高齢化に伴うニーズの変化:
 障害者の高齢化が進む中、加齢に伴う口腔機能の低下(摂食嚥下障害など)が新たな課題となっています。これに対応するには、従来の障害者歯科に加え、高齢者歯科の知識も必要とされます。

3.障害者歯科の必要性と求められること
 日本の政府や関連機関は、障害者歯科の充実を重要な政策課題と位置づけ、以下のような方向性を示しています。
 1.地域包括ケアシステムへの統合:
 厚生労働省は、地域包括ケアシステムの一環として、障害者の口腔保健を地域全体で支える仕組みを構築しようとしています。これには、在宅での訪問歯科診療の拡充や、地域の歯科医師会と福祉施設の連携強化が含まれます。2025年に向けた「超高齢社会」への対応を見据え、障害者も含めた全ての住民が適切な医療を受けられる体制が求められています。
 2.専門人材の育成と教育の強化:
 障害者歯科を担う人材を増やすため、大学や専門学校での教育カリキュラムの充実が進められています。また、日本障害者歯科学会による認定制度の活用を通じて、専門医や認定歯科衛生士の数を増やし、質の高い治療を提供できる基盤を整えることが目標です。
 3.制度改革と財政支援:
 障害者総合支援法や医療保険制度の見直しを通じて、障害者歯科にかかる費用負担を軽減する取り組みが求められています。特に、全身麻酔下での治療や長期間のケアが必要な場合に、保険適用範囲を拡大する議論が進んでいます。また、自治体レベルでの補助金制度の拡充も期待されています。
 4.予防重視の口腔保健政策:
 治療だけでなく、予防的な介入を強化することで、障害者の口腔疾患を未然に防ぐことが重視されています。例えば、定期的な口腔チェックやケア指導を福祉施設や学校で実施するプログラムの拡充が提案されています。これにより、将来的な医療費削減にもつながると考えられています。
 5.技術革新の活用:
 テレデンティストリー(遠隔歯科診療)やAIを活用した診断支援など、新技術の導入も今後の展開として注目されています。これにより、地方在住の障害者でも専門的なアドバイスを受けられる可能性が広がります。

4.必要性の根拠
 障害者歯科の充実が必要とされる理由は、まず健康の公平性にあります。障害者は一般人口に比べて口腔疾患(虫歯や歯周病)のリスクが高く、放置されると全身疾患(心疾患や肺炎など)に繋がる可能性があります。特に摂食嚥下障害のある障害者では、口腔ケアが生命維持に直結するため、その重要性は極めて高いです。
 また、社会参加の観点からも、口腔健康は欠かせません。歯並びや口臭が改善されれば、コミュニケーション能力が向上し、社会的孤立を防ぐ効果が期待されます。さらに、障害者施策の国際的注目度の高まりを背景に、日本が「インクルーシブな社会」を実現するモデルとなるためにも、障害者歯科の進展が不可欠です。
 次回は、「日本障害者歯科学会」の歴史と発展、その必要性について書きたいと思います。