facebookの過去の記事を見ると面白いね。
1年前の今日は、山本博司参議院議員と会って勉強会に参加していました。そして今日も山本議員と会って勉強会に参加する予定です。あれから1年か・・・。
1年前に、サイボウズの青野社長はじめ、勉強会でご一緒させて頂き、このときに感じた事。1年前の投稿にも書いてあるけど「やはり障害者の観点から見続けてしまうと視点がぼやけてしまうこともあり、企業の中の障害のある方への雇用形態など、社会の中での仕組みに障害のある方も、スムーズに入っていけるようなインクルーシブについてオヤジ視点でも考えながら勉強させて頂きました。」と感じた気持ちがあります。
いま、ある方が障害者の雇用等について生産性や合理面からtwitterで書いた事が炎上しています。
またそれをフォローする立場として、雇用の差別をしたと捉え、それを批判する人たちに対して「”善良”で無自覚な差別主義者 」と反論しています。
いつも自分は思うこと。私は障害者の支援をするNPO団体の代表という立場でもあるけど、その団体からは報酬は貰っておらず、私自身は小規模事業での民間団体の役員として、そこから報酬を得ている。
民間企業で小規模の企業の場合は、1人の生産性はとても重要になってくる。
例えその1人に障害があってもなくても、その生産性で考えれば平等であると思っている。
障害があるから生産性が低い→「だからその人を護るために雇用するべき」という考え方と・・・。
障害があるから生産性が低い→「だからその人は雇用するとコストもかかるので働くな」という考え方がある。
どっちも正解でどっちも間違っていると思う。
何故なら障害があっても生産性の高い人は居る。要はその生産性をもっている可能性を引き出す場やチャンスが少ない。
民間企業は収益=生産性を考えるのは当然のことであり、民間企業は営利目的でありボランティアではない。
しかし福祉的観点から考えると「生きる喜び」はやはり「人のお役に立つ」ことであり、その場を社会が提供する必要(責任)はあると思う。
それが「法定雇用率」であり現在は2%(一部除く)が課せられている。しかし、小規模事業所の場合、この法定雇用率は適用外となっている。
以前、厚生労働事務次官の村木厚子氏の講演を拝聴したとき、すごく心に残った言葉がある。
それは『企業に課している法定雇用率は企業への社会貢献に対する宿題のようなもの』という言葉。
みんなが予習復習をしていけば宿題は必要無い。しかし、宿題を出さないと、勉強をしない人たちに対して伝える事が出来ない。
『いずれはこの[宿題]が必要の無い時代がくれば良いですね』(村木氏)
この言葉どおりかな?と感じる。人の言うことにネットで目くじらを立てるのではなく、自分がいかにその課題ある方々へ触れ合っていくか?が大事なのかな?と思う。
まぁ個人の意見なんで聞き流して下さい。